<憑依>俺に群がる野次馬たち(後編)

交通事故で命を落とし、その場で幽霊に
なってしまった男ー。

そんな彼は、自分の周囲に集まっている”野次馬”たちに
怒りを燃やし、憑依を繰り返していくー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人の八恵を見捨てて、
一人早足で現場から立ち去った友達を
追いかけて憑依しようと考える幸成ー

しかしー、

”おっと、その前にー”

ふと、幸成は自分が死んだ原因となった
ドライバー…高齢者のおじいさんのほうを見つめるー。

既にサイレンの音が聞こえ始めていて、
間もなく警察も現場に駆け付けるだろうー。

それよりも前に”やるべきこと”を思い出したー。

「ーーー…ーーー覚えてないー…何が起きたのかー」
周囲の人に、そう話している事故を起こしたおじいさん。

”本当に覚えていない”にしても問題だし、
”覚えているのに嘘をついている”としても問題だー。
このおじいさんは、もう2度と車を運転するべきではない、と
幸成は思いながら、”じいさんに憑依する趣味はないんだがなー”と、
そのまま、事故を起こしたドライバーのおじいさんに憑依したー

「うっ…」
急な憑依は、高齢の身体には負担になるのか、
憑依した直後から激しく咳き込んでしまったおじいさんー。

しばらく咳き込んだあとに、「くそっ!」と、呟くー。

「俺だって、本当はじいさんになんか憑依したくないんだー」
そう呟くと、「えっ!?」と、周囲の目撃者が困惑した様子で
おじいさんを見つめるー。

今まで狼狽えるばかりだったおじいさんの様子が突然
変わったのだから、確かに当然と言えば当然の反応かもしれないー。

そんな周囲の反応をほとんど無視するような形で、
おじいさんを乗っ取った幸成は、そのまま事故を起こした
おじいさんの車の方に向かうー

「あったあったー」
こんなことをしても意味があるのかどうかは分からないー。

だがー

”このじいさんがまた運転するとー、
 また誰かが死ぬかもしれないからなー
 
 俺みたいに、”死んだら別に仕方ねぇか”ってやつばっかじゃないし”

そんな風に思いながら、幸成はおじいさんの免許を力づくで”破壊”すると、
そのまま満足そうに微笑んだー。

「ー再発行とかするんじゃねぇぞ?
 あんたはもう運転しちゃだめだ」

おじいさんの姿を鏡で見ながらそうい言い聞かせると、
幸成はおじいさんの身体から抜けて、
「さてー」と、そのまま霊体を動かし始めるー。

さっき憑依した八恵とかいう子の友達ー。
あの逃げた子にもお仕置きをしなくてはいけないー。

”俺の事故現場見て笑ってたあの子は、どんな目に遭わせてやろうかー”

そう思いながら、

”俺を笑ったんだからー、自分も笑われるぐらいの覚悟が必要だよな?

と、ニヤリと笑うー。

”さて、どうしてくれようかー”と、
その子の元に向かっていると、突然、背後から声がしたー

「ストーーップ!」
その声に驚き、幸成が振り返ると、
そこには小悪魔のような格好をした少女がいたー。

「ーーはい?え?誰?」
幸成が少し戸惑いながら言葉を返すと、
「お迎えよ!お迎え!あんたがあまりにも急に死ぬからちょっと遅れたけど!」と、
そんな言葉を口にしたー。

「ーあぁ、お迎えかー
 屈強な死神でも来るのかと思ったら、ガキかー」

幸成はそう言葉を口にすると、
少女はむすっ!とした表情を浮かべながら
「ーあんたより10倍以上生きてるから!」と、
不満そうにそう言葉を口にしたー

「なんだ、ババアかー」
幸成が鼻で笑うー。

「そ、そ、そんな言い方はないでしょ!!!」
あの世への案内人・マーヤがそう言葉を口にすると、
幸成は「少しだけ待ってくれ」と、そう言葉を口にしたー。

生前の幸成は、初対面の相手や目上の人間に
こんな態度を取るような人物ではなかったものの、
死んでしまったことで、
”どうせ死んだんだし”と、もはや開き直っていたー。

「ーま、待つ?それはダメだよー
 成仏できなくなるよ?」
マーヤがそう言うと、幸成は「俺を笑った野次馬どもがまだ残ってるー。」と、
それだけ言いながら、霊体を移動させ始めるー

「あ、こらっ!ストップ!ストップ!
 お迎えに来るわたしが遅刻したのも悪かったから
 これまでの”憑依”行為は見なかったことにしてあげるけど、
 これ以上はだめ!」

マーヤが、幸成の後を浮遊しながら、
そう言葉を吐き出すと、幸成は
それを無視して、八恵の友達のところに向かっていくー。

「いたいた」
幸成がそう呟くと、マーヤは「あ!あの子に憑依するつもりでしょ!」と、
そう言葉を口にするも、幸成はそれでもマーヤを無視し続けるー。

「ーーこれ以上憑依したら”地獄行き”になるからね!
 永遠の苦しみを味わうことになるんだよ!
 天国に行ければ、そんなことは起きないし、
 あんたは生きてる間、別に悪いことはしてなかったから
 今のままなら天国に行けるの!

 分かった?オーケー?
 理解したらさっさとわたしと共にー」

マーヤがそこまで言い終えると、幸成の姿が消えていることに気付くー

そしてー、歩道を早足で歩いていた八恵の友人・和美(かずみ)が
既にニヤニヤしながら、胸を揉んでいることに気付き、
「あ、こらーーー!!!!」と、マーヤはそう叫ぶー。

しかし、生きている人間である和美に憑依してしまった幸成には、
もうマーヤの姿も、マーヤの声も届かなかったー。

「ーーあ~~~!もう!これ以上そういうことされると、
 ”死神さん”が怒っちゃうから~…!」

”案内人”のマーヤが呆れ顔で言う。
マーヤはあくまでも”死んだ人間をあの世まで案内する”担当で、
それ以降のことは”死神”が担当する。

”今”なら、まだ野次馬への憑依はマーヤが遅刻したせいでもあるし、
地獄行きになるまでではないものの、
これ以上は流石にまずいー。

「ーーそうだなぁ…
 事故に遭って死んでる俺のことを笑ってたこいつにはー」
憑依された和美は、ニヤニヤしながらそう呟くと、
「笑いものになってもらうしかないなー」と、
突然、変顔を始めて自撮りを始めるー

「あっ!こら!女の子に何て顔させてんの!?
 ちょっと!ほら!聞きなさ~い!」
マーヤがそう叫ぶも、やはり生身の人間に憑依した幸成には
その言葉が届いていないー

「おぉぉ、可愛い子でも、こんなどうしようもない顔、できるんだなぁ」
和美はとんでもない顔をしながら、
自撮りを繰り返すと、それを容赦なくSNS上に
投稿していくー

「ふふふ…わたしは笑い物になりま~す!」
和美のフリをして嬉しそうにそう言うと、
さらに変顔をしたり、変なポーズをして、
それをネットに投稿することを繰り返すー

「へへー、じゃあ、このぐらいでー」
和美に憑依した幸成は、そう呟くと
満足そうに和美の身体から抜け出すー。

変顔をした状態のまま抜け出したからか、
変な表情で失神している和美を無視し、
そのまま幸成は上空へと舞うー。

「あ!出て来た!こらっ!今のは、アウトだよ!」
マーヤが叱るような口調で言うと、
幸成は「俺、死んだあとに興味ないんだよなー」と、
ため息をつきながら言うー。

「まぁ、ほら、人生も淡々と生きていただけだから
 生きてる間は一生懸命やるけど、
 死んだら死んだでそれで仕方ないっていうか?
 そんな感じだよー。

 どうせ生まれ変わっても、今回の俺の記憶は
 消えるんだろうしー
 今、立派な振る舞いをしてても仕方ないだろ?」

幸成のそんな言葉に、マーヤは呆れ顔で言う。

「でもでも、”天国”に行かないと次の人生を選択できないんだよ?
 天国には”生まれ変わりシステム”があって、また人生を始めたい人は
 始められるけど、
 地獄に行けば最後ー、永遠の苦しみをー」

マーヤがそこまで言葉を口にすると、
幸成は「ま、別に次の人生もそこまでやりたいってほどじゃないんだけどな」と、
ため息をつきながら笑ったー。

”どうして、この人はこんなに冷めているんだろうー”
そう思いながら、マーヤは”あの世”の特殊な技術で作られた
コンタクトレンズのようなもので、”幸成”をスキャンしたー。

「ーーーーー!!!!」
マーヤは、思わず表情を歪めるー。

幸成はー、
幼少期の家族旅行の最中、
母親が急病で倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまった過去を持っていたー。

緊急の手術が必要な急病ー。
だが、倒れた場所が”遊園地”で、周囲の人々が
多数集まり”野次馬”となって、救急搬送が遅れてしまったー。

その結果ー…母親は助からなかったー。

”ーーあんたが野次馬を憎むのはー…”
マーヤは、幸成を見つめながらそんな言葉を口にするー。

その後、父親も精神的に疲弊して、病気になり
幸成が高校生の頃に亡くなったー。

さらにはー、大学時代に親しくなった彼女も、
突然の事故で亡くしているー。

大切な人を相次いで亡くし、幸成は
人生というものに絶望して、生きて来たのだろうー。

「ーーなんだよ、その顔はー」
幸成がそう言うと、
マーヤは「ーーあんたの過去ー…見たから」と、そう呟くー。

すると、幸成はため息をつくー。

「別に同情なんかいらないさー。
 人は生きて、死ぬときはあっという間に死ぬー。
 人生なんてあっけないー。

 だから俺も、生きてるうちは一生懸命生きて
 死んだらそれまでだって、そう思ってるー。
 夢とか、奇跡とか、そんなものはないんだって、なー。

 で、俺は死んだー。
 だから、もう終わり。
 それだけのことだよ」

幸成は少しだけ笑うー。
その”目”は、笑っていないー。
よく見ると、”全ての希望を失った色”をしてるー。

「ーー…野次馬なんかにムキになって悪かったな。
 地獄でも何でも連れてってくれ。
 永遠の苦しみなんて、どうでもいいし、
 俺にとっちゃ、人生自体も苦しみだったから、
 もう、好きにしてくれればいい」

幸成は、それだけ言うと、マーヤの方に向かって
手を伸ばしたー。

「ーーーーーー」
マーヤは、気落ちした様子で幸成を見つめるー。

一見普通にしているのにー
こんなに悲しい目をしている人間はー、
久しぶりに見たー。

「ーー…どうした?連れていかないなら、俺はもう少し
 野次馬どもに憑依してー」
幸成がそう言いかけると、マーヤは「連れて行くよ!」と、
だけそう言い放つー。

「ーーーそれなら良かった。
 地獄の永遠の苦しみにも俺は興味ないから、
 後は好きにしてくれ」

幸成がそう言うと、
マーヤは「何のこと?」と言葉を口にするー。

「ーーー…何のこと?じゃないだろ?
 俺は地獄行きなんだから、早くー」
幸成がそこまで言うと、
マーヤは少しだけ笑ったー。

「ーわたし、今、お迎えに来たばっかだから、何も見てないもん!」
とー。

「ーーーー…あ?」
幸成は少し首を傾げながらも、
すぐにその意味に気付くと、
静かに頷いたー。

「ーーじゃあ、俺は天国に行くんだな?」
幸成がそう言うと、マーヤは
「ーあんたの人生だと、そうなるわねー」と、頷くー。

マーヤは淡々と、幸成の霊を”あの世”に案内する準備を始めるー。

そしてー、
雲の上のような、不思議な世界にたどり着くと、
そこの扉を開きー、マーヤが呟いた。

「あとはこの中の死神さんが案内してくれるからー。
 あんたは、”天国”行きになるはずよ」

マーヤはそれだけ言うと、幸成は
そのまま奥に進もうとして立ち止まったー。

「ーーーありがとう」
それだけ呟くと、振り返ることなくそのまま奥に向かっていく幸成ー。

マーヤはそんな幸成の後ろ姿を見つめながら、
「ーどういたしまして」と、呟いたー。

「ーーーーーふぅ」
ため息をつくマーヤ。

「ー昔から、同情しちゃう癖、良くないんだよねー
 よく、師匠からも、”お前は案内人に向いてない”って言われたっけー」

苦笑いすると、マーヤの周囲に
”死神”が、数名やって来るー。

「ーーーーはいはいー…
 わたしは”クビ”なんでしょ?」

マーヤは観念した様子で目を閉じると、
少しだけ微笑んだー。

人間一人に同情して、その人間の罪を見逃しー、
天国行きにしたー。

だが、”あの世”はそんなに甘くはないー。
幸成はそのまま”天国行き”で処理され、無事に天国にたどり着くことができるー、が、
それをした”案内人”はーー

「ーーー……ふふー ま、こういうのも、いっかー」
マーヤは、”これから自分の身に起きること”を覚悟しつつもー、
幸成が天国に向かう光を見つめながら静かに微笑んだー

”気まぐれで、誰かを助けるのも、悪くはないよねー”

おわり

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コメント

野次馬への憑依をテーマにしたお話でした~!★

もうちょっとやりたい放題をしていても良かったのですが、
”憑依した相手を死には至らしめない”やりたい放題憑依ということで
考えたお話だったので、こうなりました~!

お読み下さりありがとうございました!

コメント

  1. 匿名 より:

    最終的に適当な可愛い女の子にでも憑依して、そのまま、しれっと新しい第二の人生を始める展開になるんじゃないかと予想してたんですが、こうなりましたか。

    それにしても、案内人のマーヤはすごいお人好しですよね。

    • 無名 より:

      コメントありがとうございます~!☆★

      案内人が彼女で、彼にとっては幸運でしたネ~!
      彼は生きることに執着がないので、第2の人生を始めることは
      ありませんでした~!