とある家庭の心優しい母親ー。
しかし、ある時期を境に、
彼女は”仕事”にのめり込み始めたー。
その、真相とはー…?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「美由紀(みゆき)ー…
最近、どうしちゃったんだよー」
夫の彰浩(あきひろ)が困惑した表情を浮かべながら
妻の美由紀に対してそう言い放つー。
酒井(さかい)家は、
少し前までごく普通の幸せな家族だったー
夫の彰浩と、妻の美由紀ー
大学卒業を機に結婚し、娘の麻梨(まり)も生まれー、
現在20代後半の二人は、とても幸せだったー。
だが、その幸せは既に過去のものー。
最近では、二人の間にーー
いいや、家族の間に亀裂が入り始めていたー。
「ーー仕事が忙しいの!
どうして分かってくれないの?」
美由紀がうんざりとした様子で声を荒げるー。
「それは、それは分かってるー。
でも、麻梨のことも少しは考えてやってくれー」
彰浩は困惑の表情でそう言い放つー。
ここ最近、美由紀は”仕事”に異様にのめり込みー、
連日残業を繰り返し、
家庭のことを放り出している状態だー。
もちろん、最初は単に仕事が忙しいだけだと思い、
彰浩は出来る限り、美由紀を支えようとしたー。
彰浩自身にも仕事は当然あるものの、
美由紀の分の家事も含めてすべてをこなすようにしたし、
娘の麻梨を寂しがらせないように、できる限り
麻梨の近くにいてあげられるように、時間も作ったー。
”夫婦は助け合いー”
美由紀が忙しいのであれば、どんなに大変でも
自分がそれを支えて行こうと思っていたし、
実際にそうしていたー。
もしかしたらこの先、逆の立場になることもあるかもしれないし、
とにかく大変な妻を支えることに、躊躇はなかったー。
だが、やがてー、
彰浩は”違和感”を抱き始めるー
美由紀の”仕事”への異様な執着ー…と、でも言うのだろうかー。
単に仕事が忙しい、というよりかは、
自ら仕事に人生を捧げているようなー、
そんな、おかしな雰囲気を感じ取ったのだー。
「ーー麻梨のこと?
麻梨なんかより、わたしは仕事が大事なの!」
美由紀が敵意を剥き出しにして彰浩に言い放つー。
「ーそ、そんな言い方ー」
困惑する彰浩ー。
美由紀は、誰よりも優しかったー。
娘の麻梨のことは、特に可愛がっていたー。
それなのにー
こんなことを言うようになってしまったー。
「ーーそんな言い方?
わたし、産みたくて産んだわけじゃないしー」
美由紀は不貞腐れたような表情を浮かべながら言うー。
美由紀のこんな表情も、今までに見たことがないー。
「ーーわたしの仕事をする足枷になるなら、
あんな子、産まなきゃよかった」
美由紀のあまりに酷い言葉に、
彰浩は「何てこと言うんだ!」と、悲しそうに言葉を口にするー。
「ーーどうしたの~…?」
去年、ようやく喋れるようになった麻梨が心配そうに
部屋から顔を出すー。
「ー麻梨ー。大丈夫。ごめんなー」
彰浩がそう言って麻梨の頭を撫でると、
麻梨が、母親である美由紀に気付くー。
美由紀はここ最近、連日残業を繰り返していて、
麻梨は”ママに会えない”まま、寝ることになる日が多いー。
よくそれで泣いていて、父親の彰浩も、
頭を悩ませている状態だー。
「ーーママ!」
嬉しそうに微笑む麻梨ー。
麻梨がスーツ姿の美由紀に近付いていくー。
しかし、美由紀は露骨に嫌そうに舌打ちをすると、
「ーこのあともわたし、仕事あるから」と、
ノートパソコンで作業を始めようとするー
「ママ!そうだー、ママー!
これみてみて~!」
麻梨が嬉しそうに、
先月の誕生日に”ママ”から貰った塗り絵を手に、
それを見せるー
「これ、綺麗にできた~」
嬉しそうに報告する麻梨ー。
しかし、美由紀はパソコンに集中していて、
麻梨に全く興味を示さないー
「ママ~、これ、きょうりゅう!
あと、こっちはケーキでね~」
塗り絵の説明をしている麻梨ー。
しかしーー
「ーうるさい!!!」
美由紀が声を荒げたー。
「ーーえっ」
麻梨は驚いた表情を浮かべて目に涙を浮かべるー
彰浩は慌てて
「ま、麻梨ー…ごめんなー。パパが見るからー」と、
泣き出した麻梨に言葉をかけると、
麻梨と共に部屋の方に向かっていくー
「ふんー」
美由紀は不満そうに麻梨の後ろ姿を見つめると
「わたしの全ては会社のためにー…」と、小声で静かに呟きー、
少し虚ろな目でパソコンを見つめ始めたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌朝ー。
「おはようございますー」
会社に出社すると、美由紀は、
自分のデスクに荷物を置いてから、
すぐに別室へと移動したー。
そこにはー
ヘッドホンを身に着けて、何かを聞いている社員たちが
並んでいるー。
「ー酒井さんー
おはようー」
まだ30代ぐらいの比較的若い社長、西田(にしだ)が
優しそうな笑みを浮かべながらそう言うと、
「おはようございます」と頭を下げる美由紀を見て
満足そうに笑みを浮かべたー。
美由紀は何の違和感もなく、ヘッドホンを身に着けると、
そのままうっとりとした表情を浮かべ始めたー
「ーーーククク」
西田社長が笑みを浮かべるー。
”洗脳音波”ー
ヘッドホンから流れているのはー、
音楽でも、何かの言葉でもなかったー。
人を洗脳する特殊な音波ー。
会社に忠実なしもべに仕立て上げるためのー
悪意に満ちた音波ー
「ーーぁ… ぅ…」
美由紀は時々声を漏らしながら虚ろな目で
ピクピクと痙攣すると、やがてヘッドホンを外し、
そのまま立ち上がったー。
「ークククー
酒井さんー。どうだい?
会社の忠実なしもべになった気分は?」
西田社長が笑うー。
「ーはいー…とてもしあわせです」
美由紀がそう言い放つと、
西田社長は笑いながら美由紀の髪に手を触れるー。
「ー最初は拒んでいた君がー
今じゃ、会社の操り人形だー。
生まれ変わった気分を、教えてくれよ」
西田社長が言うと、美由紀は微笑むー
「ー昔のわたしがバカだっただけですー
こんなに幸せになれるなら、もっと早くこうなっておくべきでしたー」
美由紀のそんな言葉に、
西田社長は笑みを浮かべるー。
「ーあんなに家族のこと、大事にしてたのにー
ククー」
その言葉にも、美由紀は何の迷いもなく答えたー
「家族なんて足枷ですー。
社長が望むなら、わたしはいつでも離婚するつもりです」
美由紀のハッキリとしたその言葉に
「素晴らしい」と、西田社長は言い放つと、
そのまま「今日も頑張りなさい」と、笑みを浮かべたー。
「はい。ありがとうございますー」
嬉しそうに頭を下げる美由紀ー。
妻の美由紀は”会社”に洗脳されているー。
夫の彰浩は、そんな恐ろしい事態に、全く気付くことが
できていなかったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
半月前ー。
美由紀は”ある異変”を感じていたー。
「ー久美子(くみこ)ちゃんー、最近、大丈夫ー?
残業多い気がするけどー」
美由紀が、後輩の久美子にそう確認すると、
久美子は「全然大丈夫です!」と、嬉しそうに笑うー
「そ、そうー?それならいいけどー」
美由紀が困惑しながらそう答えると、
久美子は、夢中になって仕事に没頭しているー。
ここ最近ー
”会社の様子がおかしい”のだー
”妙に”仕事に没頭するようなー
”会社が人生の全て”になってしまったようなー
そんな様子の子を見かけるー。
もちろんー、
ただ単に仕事に没頭しているだけかもしれないー
けれどー、
何だか得体の知れない違和感を美由紀は感じていたー。
そんなある日ー…
美由紀は、帰宅の最中に”忘れ物”をしたことに気付き、
それを回収するために、オフィスに引き返していたー。
「ーーー」
既に、オフィスは薄暗くー、
誰もいない様子だったが、
幸い、まだ中に入ることができる時間帯だったためー、
中に入り、忘れ物を回収したー。
がー、その時だったー。
”社長室”から、妙に甘いー、
女の声が聞こえて来たのだー。
「ーーー…?」
美由紀は、首を傾げながらも、
”社長は独身だしー、そういうこともあるのかな”と、
あまり関わらないようにして、そのまま立ち去ろうとするー。
しかしー
偶然、社長室の扉が開き、
社長と、チャイナドレス姿の後輩社員・久美子が出て来るのが見えたー。
咄嗟に身を隠した美由紀は、物陰からその様子を見つめるー
「クククーお前はこれからずっと、僕の玩具だからな」
西田社長がそう言うと、久美子は嬉しそうにー
「社長の玩具になれて、幸せですぅ」と、甘い声を吐き出すー。
「そうそう、彼氏いるんだよな?さっさと振れ」
西田社長はエレベーターを待ちながらそんな言葉を口にすると、
「ーー社長がそう言うのならー…早速そうします!」と、
久美子が嬉しそうに言葉を口にしたー
”えっ…”
物陰に隠れながら美由紀は戸惑うー。
後輩の久美子は、いつも彼氏との出来事を
嬉しそうに話していて、
とても彼氏と仲良さそうな雰囲気だったー。
西田社長に対するお世辞…なのだろうか。
本気で彼氏と別れるとは思えないー。
そうこうしているうちに、西田社長と久美子が
エレベーターに乗り込み、そのまま立ち去っていくー。
美由紀は困惑しながらも、当初の忘れ物の回収という
やるべきことを果たして、そのまま会社を後にしたー。
だがー
その日以降も”異変”は進行したー。
会社の同僚たちが、先輩後輩同期問わずー
”仕事”を何よりも優先するようなー、
そんな振る舞いをするようになり始めたー。
美由紀と共に”みんな、何かおかしくない?”と言っていた
同期の紗枝(さえ)も、少し前から
「わたし、この会社で働けて本当に幸せ!」などと
言い始めたー
「え?え?何かあったの?」
と、紗枝に確認しても、「もうすぐ美由紀も幸せに気づくよ」と
だけ言われて、それ以上は教えてくれなかったー。
さらにー…
”西田社長”と何やらプライベートで会ったり、
親密な雰囲気を漂わせる女性社員が増えたー。
西田社長は30代の若い社長でー、
大学卒業後にすぐに企業、物凄い勢いで会社を大きくした
ベンチャー企業のカリスマ的存在だー。
それでいて、柔らかい物腰に、穏やかな雰囲気ー
とても、女性社員を弄ぶような人間ではないー、と、
美由紀は認識しているー。
がー、そうこうしているうちに、美由紀は
その数日後、西田社長から呼び出されたー。
「お話とは、何でしょうか?」
美由紀がそう言いながら、会議室に入ると、
会議室には、ヘッドホンが一つ、置かれていたー。
「ーーこれは?」
美由紀が確認をすると、
西田社長は「聞いてみて」とだけ、呟いたー。
別に強制するような雰囲気ではないし、
”聞くだけで”何か起こるとは思えないー。
そんな風に思いながら、美由紀がそのヘッドホンを
身に着けるとー、
今まで聞いたことのないような、
何とも表現しがたい、謎の音とー、
”全てを、委ねろー”という脳に直接語り掛けるような声が聞こえて来たー
「ーーすべてを……」
美由紀の目が虚ろな目になるー。
だがー、
美由紀は咄嗟にヘッドホンを外して、それを机に投げるようにして置いたー。
”みんなの異変”と、この状況に咄嗟にハッとしたのだー。
「ーどうしたんだい?」
西田社長が微笑むー。
「ーこ、これ、何なんですか!?」
美由紀が動揺しながらそう叫ぶと、
「ーー君にも、”会社の駒”になってもらうよー」
と、西田社長は笑顔で言い放ったー
「こ、駒ー…!?な、何のことですか!?」
美由紀はそう言いながら、会議室の入口のほうを見つめたー
しかしー、
後輩の久美子や、同期の紗枝ー、
他の社員たちが会議室に入って来てー、
美由紀を取り押さえたー。
「ークククー。君も、僕と、この会社のために
これから全てを捧げるんだー」
その言葉と同時に、もがく美由紀にヘッドホンが
無理矢理取り付けられたー
美由紀は、娘と夫のことを思いながらー
変わりゆく自分に、涙をこぼしたー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その結果がー
”今”だー
「今日は遅くなるからー。うん。じゃ」
美由紀が不愛想な声で夫の彰浩に連絡を入れるー
電話を終えると、西田社長の指示でバニーガールの格好に
着替えていた美由紀は、
西田社長のほうを見て嬉しそうに微笑んだー
「夫には、遅くなると伝えましたー」
とー
「クククーそうかそうか。
君も早く夫とは別れるといいー」
西田社長のそんな言葉に、
美由紀は「タイミングを伺って離婚するつもりです」と
笑顔で微笑んだー
②へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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洗脳モノのお話ですネ~!
早く夫が異変の原因に気付かないと
大変なことになりそうデス~!!
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