”憑依学習”
五十嵐先生がそう名付けた”憑依による学習”で、
みるみるうちに学力を上げた教え子ー。
そしてついに”卒業式”を迎えるー…。
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卒業式当日ー。
教え子たちが、一人ひとり卒業証書を受け取るのを、
五十嵐先生は、充実した表情で見つめていたー。
”憑依によって、学力向上を目指した”あの、真菜も、
校長先生から卒業証書を無事に受け取っているー。
この季節は、苦手だー。
”先生オタク”と友人たちから呼ばれるぐらいに、
”教師”という仕事にのめり込んでいる五十嵐先生はー
3年間、担任をやっているといつも
生徒たち一人一人が、大切な宝物になるー。
だが、”生徒”と”教職員”の立場を超えるつもりは、
五十嵐先生には、ない。
それをしてはならないことは、よく理解しているからだー。
やっていいことと、やってはいけないことー。
何事も、それを理解して初めてオタクを名乗ることができるー。
と、五十嵐先生は考えているー。
どんな界隈であろうと、ルールを守らない人間は、
もはやオタクですらないのだー。
”まぁ、先生オタクは俺が言い出したことじゃないけどなー”
そんなことを思いながら、それぞれの生徒たちとの思い出を
浮かべながら、涙をこらえるー。
卒業すればあとは、同窓会にたまに呼ばれたりするぐらいしか
会う機会が無くなるー。
そしてまた4月になれば新しい教え子たちと、出会うー。
次第に”前の教え子たちの記憶が薄れ”ー
”新しい子たちの先生になる”というのも、
何となく寂しい気がして、やっぱり春は苦手だったー。
あなたの先生は、あなたが卒業すれば、
新しい子供たちの先生になっているー
そこに、あなたの先生はもういないー。
あなたの先生は、別の子の先生になっているー
そんなことを、昔、誰かに言われた気がするー。
その言葉が、実際に教職員になってみて、よく分かったー。
”今の教え子たちとの”最後のひと時が終わるー。
教室で、最後の話をして、解散となった後ー、
五十嵐先生は、あの真菜に声を掛けられたー。
「ー先生、少しだけ、お話いいですか?」
とー。
生徒とプライベートな関係になることは許されないー。
だが、個人的な相談は”先生”と”生徒”の関係の範囲内であれば
どんな相談でも受けるー。
「ーーわかったー。少し待っててくれ」
他の生徒たちとの約束もいくつかあったため
それをこなしてから、
”いつも”真菜に憑依して勉強していた例の教室へと向かうー。
すると、真菜は「すみませんーお忙しいのに」と、
穏やかな笑みを浮かべながら頭を下げたー
「それでー話って?」
五十嵐先生が言うと、真菜はとんでもないことを言い出したー
「ー最後にもう一度、わたしに憑依してくれませんか?」
とー。
「ーー?なんだって?」
五十嵐先生は思わず首を傾げるー。
真菜は無事に大学に合格したー。
それ以降は一度も真菜に憑依していないし、
憑依薬も使っていないー。
悪用しようと思えばいつでもできるわけだが、
そもそも五十嵐先生は一度たりともそんなことを
考えたことすらなかったー。
ある意味、”正しい憑依薬の所有者”としては
理想的な人物、と言えるのかもしれないー。
だが、そんな五十嵐先生に対して
憑依されていた側の真菜の方が”もう一度憑依してほしい”と、
そう言ってきたのだー。
「ーーこれで最後ですー。
もう一度だけ、憑依して貰えませんか?
数分で、いいんですー」
真菜のそんな言葉に、
五十嵐先生は「でも、もうするべきことはないと思うがー」と、
戸惑いの表情を浮かべるー。
「ーお願いしますー」
真菜は理由を答えず、真っすぐ五十嵐先生を見つめながら頭を下げるー
一瞬ー、
”何のために?”という疑念のような感情が浮かんだー
もしかしたら、今、ここでこの映像か音声が記録されていて、
”教え子に憑依する先生”とか、そんな情報をバラまかれるのではないか、
なんてことまで浮かんでしまったー
だが、すぐに五十嵐先生は心の中で自分の首を横に振るー。
”崎森は、そんな子じゃないだろうが”
とー、自分で自分の中に浮かび上がった疑念を否定するー。
「ーーー…ただ、憑依する”だけ”でいいんですー
お願いしますー」
ぐっ、と握りこぶしを作ったまま、祈るようにして言い放つ真菜ー。
真菜の言葉に、五十嵐先生は再度首を傾げながらも
「今、憑依薬を持ってきてないからー
一度職員室に取りに行ってくる」と、一旦職員室に引き返すー。
職員室の引き出しの中に”イタズラ防止のため”に、念のため
隠すようにしておいてある憑依薬を取り出すと、
そのまま再び真菜の待つ教室へと戻ったー
そして、真菜に再度確認をしてからー
憑依薬を飲み、霊体になってー、真菜に憑依するー
「ーーひっ…!?」
ビクンと震えて、声を出す真菜ー。
いつもいつも、苦しそうにも聞こえるため、不安に思う五十嵐先生ー。
だがー
真菜本人によれば”この瞬間からもう意識が飛んでいて”、
特に苦痛はないのだと言うー。
「ーーー」
真菜に憑依した五十嵐先生ー。
ほんの数分で良い、と言われたのでー、
そのまま数分待機しようとするー。
だがー
数秒後ー、
五十嵐先生は、真菜がどうして”憑依してほしい”と言ってきたのかー
それを、理解したー。
「ーーーー…崎森ー…」
真菜がずっと握りこぶしを作っていた左手ー。
それを何となく開くとー
そこにはー
”先生、本当に3年間ありがとうございました”
と、書かれていたー。
”憑依”で学習してー
それにより、大学に合格した真菜なりのー
ちょっとしたサプライズ的な、お礼の言葉だったー
「ーはは、そういうことかー
これを見せたかったんだなー」
真菜の口でそう呟くと、「俺の方こそ、ありがとな」と、
静かに呟いたー
そしてー
真菜の身体からすぐに抜け出すー
五十嵐先生は、正気を取り戻した真菜に対して
今一度ー、
今度は真菜本人に伝わるように「俺の方こそ、ありがとな」と
優しく言い放ったー。
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4月になりー
また、新しい教え子たちの担任になったー
時は流れー、
真菜のことも、次第に記憶から薄れていくー。
忘れはしないー。
だが、どうしても会う機会もなくなり、
”前の教え子たち”は
忘却の彼方へと、消えていくー。
1年ー、
また1年と時間が経過していくー。
そしてー
数年後ー
五十嵐先生は、休日を利用して、
同人誌などが販売されるイベントにやってきていたー。
”プライベート”の趣味ー。
先生オタクと呼ばれる所以の一つだー。
五十嵐先生のプライベートの友人たちは、
”先生と言う職業のオタク”という意味と、
”プライベートの趣味がオタク趣味”という二つの意味を込めて、
五十嵐先生のことを、先生オタクと呼んでいるー。
「ーーさて、次はー」
SNSで知り合った共通の趣味を持つ仲間が、
出店しているスペースへと向かうー。
時々”教え子”と会うこともあって
気まずかったりするもののー、
まぁ、この場にいる、ということは”同志”でもあるのでー
今までに問題になったことは、特にはない。
五十嵐先生にとっては、慣れた様子で
会場の中を色々と回っていくー。
そんな時だったー
「ーーーえっ」
「ーーーあっ」
五十嵐先生は、”良く知る人物”と偶然鉢合わせしたー
こういった趣味のイベントで、
時々教え子や、元教え子と再会することは
珍しいことではなかったー。
だが、”これまでに”再会を果たした中でも、
今日の再会は五十嵐先生にとって、
一番衝撃的な再会だったー。
「ーーー…せ、先生…お久しぶりです」
その相手は、数年前に、
五十嵐先生が”憑依”で学力を向上させ、
無事、志望していた大学に合格することができた、真菜だったのだー。
「ーーーさ、崎森ー…
いやー、びっくりしたー」
五十嵐先生が、驚いた様子でそう呟くー。
それもそのはずー。
数年が経過して大人っぽくなったのもあったがー、
高校時代の”崎森真菜”からは想像もつかないようなー
大胆なコスプレ姿でその場にいたからだー。
少し目のやり場に困りながらも
「ー崎森とこんな所で会うなんてー驚いたなー
…って、それは崎森も同じかー」
と、苦笑いするー。
五十嵐先生は普段、生徒たちに自分のプライベートの
趣味のことは話していない。
プライベートはプライベート、仕事は仕事だと棲み分けを
しているからだー。
教え子である真菜からすれば
”五十嵐先生がどうしてこの場所に!?”と、いう感じになると思うー。
五十嵐先生はそう思いながらも、
「ー大学、上手く行ってるか?」と、先生として
近況を確認するー
すると、真菜は嬉しそうに「はいーおかげ様でー」と、
大学の生活が順調であることを伝えたー
「ーー」
五十嵐先生は少し時計を確認してから、
真菜も話したそうにしていたので、
少しだけ真菜のために時間を確保する。
自分の趣味がアニメだったり、
こういうイベントに参加することだったり、
同人誌を作ったりしたこともある、と五十嵐先生は真菜に打ち明けるー。
別に隠すつもりはないし、これまでもこういうイベントで
鉢合わせした子には、普通に話をしているー
「そうだったんですね~ わたしと同じなんてー」
真菜が嬉しそうにしながら、自分の衣装を少し恥ずかしそうに見つめるー。
「ーーわたし、先生と一緒に勉強してた頃から、
急にアニメが好きになってー
コスプレにも急に興味を持ち始めてー
大学に入ってからこういうイベントにも顔を出すようになったんですー」
と、真菜が笑顔で説明したー
その言葉を聞いて五十嵐先生は「そうだったのかー」と言いながらも
突然、”ある不安”が浮かんだー
”いや、待てー”
”憑依”によって
強引に”憑依された側”に影響を与えたー
五十嵐先生の”学力”…勉強の知識を無理やり真菜に植え付けたー
だが、”憑依”の影響が
もしも、それだけではないとしたらー…?
五十嵐先生は表情を曇らせるー
確かに、あの頃、真菜の身体で勉強しながら
”少なからず、大好きなアニメのことを考えたり、
コスプレイヤーのことを考えたり”
そういったことはしたー
それとー
一度だけー
”崎森のような子が、コスプレしたら似合うだろうなー”と
何となく考えたこともあるー。
別に下心からではなく、
純粋に”俺が女子だったら、色々なコスプレを楽しめたかもな”と、
憧れのような感情を抱いたこともあったー
もちろん、ただそう思っただけで
真菜の身体をそういうことに使おうとも思わなかったし、
一度もそんなことはしていないー
けれどー
「ーー崎森ー
それまでは、アニメとかコスプレとか、興味あったのか?」
五十嵐先生が不安になって聞くー。
真菜は笑いながらー
「いいえー、アニメは…子供がみんな見るようなやつが
家で流れてたぐらいしか見たことなかったですしー
ほらー…わたし、恥ずかしがり屋なので、
コスプレなんて全然縁がないと思ってましたしー
でも、なんか急に、興味が湧いて来たんですよねー
今でも信じられないですけど、
コスプレも”絶対したい!”みたいな使命感が湧いて来てー」
と、答えたー
五十嵐先生は、少し呆然としながら
そんな真菜の姿を見つめたー。
真菜はそれまで好きだった趣味に興味が失せー、
今はこの趣味に夢中で、大学でも趣味に関係するサークルに
入っているのだと言うー。
「ーーわたし、先生と一緒に勉強してた頃から、
急にアニメが好きになってー
コスプレにも急に興味を持ち始めてー
大学に入ってからこういうイベントにも顔を出すようになったんですー」
先程、真菜が言ったその言葉を思い出すー。
五十嵐先生は、真菜との雑談を終えて、
「ーー元気そうでよかったよー」と、言葉を投げかけると、
真菜も「先生も元気そうで、よかったです」と
穏やかな口調で言葉を口にしたー。
簡単に別れの挨拶を済ませると、真菜は
「またいつかゆっくりお話しできれば」と、言いながら
コスプレ姿のまま立ち去って行ったー。
残された五十嵐先生は、少し戸惑ったような様子で
”崎森の人生をー…狂わせちまったかなー…”と、
恐らくはー”憑依の影響”で、五十嵐先生自体の趣味が、
真菜の脳に植え付けられるような形になってしまったであろうことに、
困惑したー
「ーーーーあんなコスプレする子じゃ、多分なかったしなー…」
けれどー
今更後悔してももう遅いー。
それに、今更”俺の憑依のせいかもしれない”なんて言っても
彼女を不安にするだけだろうー。
「ーーー」
五十嵐先生は、複雑な気持ちを抑えながらも、
真菜には黙っていることを決意しー、
静かに、その場所から歩き始めるのだったー。
おわり
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コメント
”学力”以外の部分にも影響を与えてしまっていた…!
そんな結末でした~!☆
でも、本人も楽しそうですし、
これはこれでハッピーエンド(?)かもしれませんネ~!
お読み下さり、ありがとうございました~!
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