教え子の一人は、いつも一生懸命勉強していたー。
真面目で、努力家ー。
しかし、どうしても勉強が苦手で、
学力が追い付かないー。
そんな彼女を見て、先生はある手段を思いついたー。
それはーー…
”憑依で強引に、彼女の脳に学力を刻み込む”ことだったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーわたし、やっぱり、無理でしょうかー」
教え子の一人・崎森 真菜(さきもり まな)が、
悲しそうな表情で呟いたー。
そんな真菜の言葉に、
担任の教師である五十嵐 恭二(いがらし きょうじ)は、
戸惑いの表情を浮かべたー。
「ーー崎森ほど頑張っているやつは、
今まで長いこと教師をやってきたけど、見たことないよ」
五十嵐先生は、優しい口調でそう言い放つー。
これは、”お世辞”ではない。
これまでに何百人と、自分のクラスの子を卒業させてきたが、
彼女ー…真菜ほど一生懸命だった生徒は、見たことがない。
努力家で、真面目で、優しいー
内申点に関しても、申し分はないー。
だがー、真菜には決定的な欠点があったー
それはー
”テストの点数が極端に低いことー”だったー。
勉強は真面目にやっているー。
提出物も授業態度も人間性にも問題はないー。
だがー、
”勉強が苦手”すぎたー。
何か彼女自身に、発育的な問題があるわけではなく
純粋に彼女自身が大の勉強が苦手でー、
勉強しても、勉強しても、どうしても勉強したことを
身に着けるのに、時間がかかってしまうー。
それ故にー、テストの成績はいつも低く、
それを授業態度や提出物などでカバーしている状態だったー。
「ーーー…本当のことを、教えてくださいー」
真菜が悲しそうな表情で言うー。
「ーーーーー」
五十嵐先生は、目を逸らすー。
五十嵐先生は、男女問わず慕われている人気の先生。
親身になって相談に乗ってくれるし、
担当している数学の授業もとても面白く、分かりやすいー。
もちろん、生徒たちのことを変な目で見るようなこともないー。
だがー…
五十嵐先生にはある欠点もあったー。
それはー
”生徒に対して親身になりすぎること”ー。
生徒たちからすれば、それは良いことなのかもしれないー。
しかし、同じ学校の教職員や、校長先生たちから見ればー
”親身になりすぎて危うい”と感じる部分も
あるにはあったー。
「ーーーふぅ」
ため息をつく五十嵐先生ー。
これだけ頑張っている真菜のことは、
どうにか、”希望する大学”に入学させてあげたい。
だが、一方で、大学受験は実力の世界であることも理解している。
”裏口入学”などというものが仮に、五十嵐先生に出来るとしても、
それを教え子にするつもりもなかったー。
”本人に相応の学力がなければ”
入学できたとしても、その後に地獄が待っていることは
安易に想像ができるからだー。
「ーー正直、今のままでは厳しいとは思う」
五十嵐先生は、真菜から”本当のことを言って欲しい”と言われて
考えた末に”本当のこと”を口にしたー。
そう、今のままでは正直厳しいー
性格や振る舞いには何の問題もないし、
面接などではむしろ高評価を得ることができるだろうー。
高校の”成績”に関しても、
テストの点は低いものの、提出物や授業態度などは完璧であるため
”それなりに高い成績”がついているー。
だが、それだけでは真菜は志望大学に受かるのは難しいだろうー。
真菜の志望大学は、ランクの高い大学で、
それなりの学力が必要とされる。
当然、競争率も高いー。
他の大学を選択する道も、当然示したー。
だが、その大学には、真菜が将来進もうとしている道に
関係することが学べる場があるほかー、
病気で入院中の祖父が応援してくれていることもあって
”おじいちゃんをガッカリさせたくないー”と、
真菜は涙ながらに言っていたー。
もちろん”それなりの努力”の生徒が相手であれば
「残念だが、別の大学を目指したほうがいい」とハッキリと諭す。
これも、教師としての務めの一つだ。
だが、真菜の場合はー、
小さい頃に父親を亡くし、祖父が父親代わりという境遇も知っているし、
何より”これほどまでに努力する子”は見たことがないー。
なんとか、その努力に報いてあげたいと、五十嵐先生は
考えていたのだったー。
「ーーー…そう…ですよね」
悲しそうに呟く真菜ー
「わかってるんですー。わたし、自分がバカだからー…
無理なことぐらいはー…
どうしてわたし、こんなに勉強苦手なのかなー」
一人で寂しそうに呟く真菜ー。
”得意”
”不得意”
人間、誰にでもあることだー。
真菜の場合、その”不得意”が、勉強だったのだろうー。
だから、人の何倍勉強しても、なかなか成果が出ないー。
「ーーーーー」
五十嵐先生は悲しそうにしている真菜の姿を見つめるー。
”教え子が、こんなに悲しんでいるのに、俺には何もできないのかー”
そう、思いながら五十嵐先生はぐっと、自分の無力に怒りを感じて
拳を握りしめたー。
別に相手が”可愛い女子生徒”だからそう思っているのではないー。
相手がゴツイ男子生徒だろうと、誰であろうと、五十嵐先生は
同じように思っただろうー。
以前には、不良男子を更生させるために殴られたこともあったしー、
自己中心的すぎた結果、孤立していじめを受けていた男子生徒のために、
寝ずに何日も走り回ったこともあったー。
五十嵐先生とは、そういう教師だったのだー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーふ~~~~…」
帰宅した五十嵐先生はー
録画していたアニメを見始めるー。
「ーーはぁ…尊いー…」
五十嵐先生は、そう呟きながら笑みを浮かべるー。
部屋には、びっしりと大好きなアニメのグッズが
張り巡らされているー。
五十嵐先生はー
アニメ好きだ。ついでにゲームも好きで、
部屋はアニメとゲームのグッズで埋め尽くされているー。
別に、悪いことではない。
教師だろうと、刑事だろうと、議員だろうと、
どんな趣味を持つかは個人の自由だー。
アニメが好きだと生徒を変な目で見るようになるわけでもないし、
現実とフィクションの区別もしっかりとついているー。
実際に生徒たちをそういう目で見たことは
一度たりともない、と、五十嵐先生は命を懸けて言うことができるー。
「ーーーがんばれ!がんばれ!」
アニメの主人公を応援しながら存分に趣味を堪能する
五十嵐先生ー。
プライベートと仕事の使い分けが、
ここまで完璧に出来ている人間も、そうそうはいないだろうー。
「ーーー」
密かに、”男性キャラ”のコスプレを楽しんだりすることも
若い頃はあったー。
最近はコスプレからは引退気味ではあるが、
今でもアニメ関連のイベントには参加することも多いー。
「ーーー…さて」
アニメを堪能したあとは、”仕事”のことを考えるー。
受験に苦戦している男子生徒の一人のことを考えながら
真菜の時と同じように、真剣に色々な案を考えるー
”あいつには、この大学がいいかもしれないなー”
”まぁ、数学さえ克服できればどうにか合格点を取れそうな気もするがー”
”あいつのために、問題集でも作ってやるかー”
色々なことを考えるー。
男女で区別はしないー。
五十嵐先生は、いつも教え子に対して、真剣だー。
そして、続いて真菜のことを考え始めるー。
この順番なのは、単に”今日、相談を受けた順番”だー。
「ーーー…」
真菜の悲しそうな顔を思い出すー。
「ーどうにか、どうにかできないだろうかー」
五十嵐先生はそんなことを呟きながら
ネットを見つめるー。
真菜の場合ー今更”勉強が苦手”ということを変えることは
難しいと思うー。
だからと言って、それを克服するためには
膨大な勉強時間が必要だー。
既に真菜は”限界すれすれ”まで1日を勉強に費やしていて、
これ以上勉強時間を増やすことは出来ないー。
残念ながらー…手段はない。
真菜が行きたがっている大学は、
面接や内心だけでカバーできるほど甘くはないー。
最低でもー…
各教科とも平均以上の点数を取る必要があるー
「ーーーー…」
”だめか”
五十嵐先生は心の中でそう呟くー。
どんなに一生懸命教えようとしてもー
教えられる生徒本人がどんなに一生懸命であったとしても、
それだけでは”カバー”できないこともある。
それが、世の中の現実だー。
「ーーー…」
そう思っていたその時だったー
「ん?」
何となくネットを見つめていた五十嵐先生の表情が変わるー。
「ーこ…これは…?」
何故、そのサイトにたどり着いてしまったのかは分からないー。
彼女をどうにか志望する大学に行かせてあげることはできないだろうかー。
それだけを考えて、なんとなくネットを彷徨っていた五十嵐先生ー。
しかし、彼はたどり着いてしまったー
”禁断の領域”にー。
五十嵐先生が驚いた表情を浮かべながら見つめていた
パソコンのモニターには
”憑依”と記述されているー。
”憑依薬”を、教育に利用する方法が書かれていたのだー。
「ーーーー…」
五十嵐先生は、プライベートを楽しむ時間も忘れて
そのサイトに目を奪われ、夢中でサイトの内容を読み漁り始めたー
・・・・・・・・・・・・・・・・
”憑依による学力の向上”
他人に憑依して、他人の身体を使っている際には、
”物事を考える”ことも、他人の身体で行うー。
つまり、色々な思考は”乗っ取られた側の脳を使って”行われるー。
憑依を”教育”に利用したというその人物は
そこに着目したー。
”勉強が苦手な子に、知識を強引に植え付けることはできないだろうか”
とー。
その結果、成功したのだと言うー。
勉強が苦手な子に憑依し、
その子の身体で勉強をしたり、自分が理解していることを
頭の中で思い浮かべたりー、ということを1週間続けただけで、
飛躍的に学力が向上したというのだー。
そんな、サイトの記述を見た五十嵐先生は、
”本当にそんなものがあるのか”と、思いつつも
憑依薬を取り寄せたー。
それなりの金額だったが、教え子のためであれば
五十嵐先生は出費も惜しまないし、時間も惜しまないー。
だがー、憑依薬が本物かどうかわからないー。
そのため、五十嵐先生は、休日に動物園へと赴き、
動物園の虎に憑依したー。
”うぉ…これが…虎かー”
結果ー、
虎に憑依できたー。
どうやら、憑依薬はホンモノのようだー。
そして、自分自身に戻ることもできたし、
五十嵐先生が憑依していた”虎”も、五十嵐先生が抜けたあとは
また、普通に行動していて、
身体に悪影響を与えている様子はないー。
「本当にこんなものがあるなんてー」
そんな衝撃を感じながら、
五十嵐先生は思うー
”これで、崎森も志望する大学に行けるかもしれない”
とー。
五十嵐先生が真菜に憑依ー、
真菜の身体で勉強したり、勉強のことを頭の中でイメージすることにより
”真菜の脳”にその知識が強引に刻み込まれるー。
その結果ー、真菜は短期間で、
圧倒的な量の知識を身に着けることが、できるのだー。
五十嵐先生は、早速、週明けの月曜日に真菜に相談したー
「崎森ー…
崎森の行きたい大学に行く方法が、一つだけあるかもしれない」
五十嵐先生は言うー。
”学力を脳に直接刻み付ければー”
大学入学後も、それなりにはやっていけるはずだー。
裏口入学のようなこととは、違うー。
五十嵐先生は自分にそう言い聞かせながら
言葉を続けたー。
「ー”憑依”ー」
五十嵐先生は、全てを包み隠さず、真菜に説明したー。
もちろん、真菜の意思に全ては任せるとも伝えー
本人の同意なしにそういうことをするつもりはないし、
勉強以外のことをするつもりもない、と伝えるー。
不安であれば、教室にカメラを設置して、
憑依している間、勉強しかしていないことを
証明してもいい、と五十嵐先生は伝えたー。
五十嵐先生本人としても、変なことに使うつもりは全くなく、
本当にただ、真菜に学力を植え付けるためだけに憑依をしようと考えていたー。
真菜は、驚き、考えるー。
仮にも”男性教師”である五十嵐先生が、
自分の身体を一時的に支配するなどー
突然、”わかりました”と言えるようなものではないー。
だがー
数日後ー
真菜は、五十嵐先生の元を訪れて、
頭を下げたー
「よろしくお願いしますー」
とー。
”憑依される不安”それは当然あったー。
けれど、普段の五十嵐先生に対する信頼感やー、
真菜自身の”絶対にあの大学に行きたい”という想いが、
真菜を突き動かしたー
「ーわかったー……必ず、合格できるように
俺も全力でサポートするー」
五十嵐先生は、真菜の決意を受け取りー
この日の放課後から”真菜に憑依して勉強する日々”を
始めたのだったー
②へ続く
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コメント
3月最初のお話でした~!★
今回は憑依が始まるところまでがメインですネ~!
次回からが本番…デス!
今のところ”教育目的”でしか憑依を使うつもりは
ないようですが、果たして……
…まだ、今はこれ以上言えないので、
明日のお楽しみデス~!
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