年末年始ー。
彼には、”予定”などと言えるものはないー。
大晦日も、お正月もいつも通りの日常だー。
だからこそ、彼は不満だったー。
いつも”忙しい忙しい”と喚くやつらがー。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーあ~すみませんー
明日からは色々予定があってー」
バイト先の先輩、深野 静香(ふかの しずか)が
申し訳なさそうに店長に対してそう言い放つー。
「ーーー」
そんな様子をチラッと横目で見つめていたのは、
男子大学生の木澤 孝文(きざわ たかふみ)ー
孝文は人付き合いがほとんどなく、
年末年始も、クリスマスも、そういったイベントとは”無縁”の人間ー。
だからこそ、彼はクリスマスや年末年始が続くー
この”冬”という季節が大嫌いだったー
「ーーそうだよなぁ~」
店長がそう呟くと、
「みんな忙しいんだよなーこの時期」と、シフト表を見つめながら呟くー。
この書店は年末年始も営業を続けているー。
そしてー、去年も、おととしもそうだったのが、
”暇”な人間が”忙しい”人間の穴埋めをするのだー
”チッ”
孝文はこれから起きるであろうことを予測して、
思わず舌打ちをしたー
「木澤くん、暇だよね?」
ほら来たー。
孝文は内心で怒りに似た感情すら覚えながら
店長のほうを見つめるー
「はははー、聞かなくても分かってるでしょう?店長」
孝文の言葉に、店長は「さすが!ホント、頼りになるよ!」と
嬉しそうに笑うと、
静香は「ごめんね木澤くん!この時期はいつも忙しくてー」と
申し訳なさそうに言葉を口にしたー。
バイトの一人・会田(あいだ)が、急に親戚が遊びに来ることになったー、
という理由で明日以降のシフトを3日間、休む連絡を入れて来たー。
その代わりの人間を探していた店長は、
最初、静香にお願いしたものの、
静香も明日以降は忙しい、という理由でそれを断りー、
結果的に”暇”な孝文の元に話が回ってきたのだー。
「ーーこの時期はどうしても忙しくてー
大変ですよ~」
静香がそんな雑談を店長としているのを遠目で
見つめながら
孝文はさらに舌打ちをするー
”忙しいー?
テメェが自分で予定を入れてるんだろうがー”
とー。
孝彦は”この時期”が大嫌いだったー。
クリスマスにせよ、
年末年始にせよー
”自分で予定を入れているくせに”
何が忙しいだー、
と、そう思わずにはいられなかったー…。
・・・・・・・・・・・・・
だがー
そんな不満を感じながら、カウンターの方に戻ると、
店内を徘徊していた怪しげな老人が
ニコニコしながら近づいてきたー。
「ーいつも、災難だねぇ。」
とー。
「ーーえ?あ、いえー。暇なのは事実なので」
内心の苛立ちを悟られないように”接客”を続ける孝文ー。
しばらくして、孝文がレジを他のバイトにお願いして
本の整理のために店内に出たところ、
再びその老人がニヤニヤしながら
何かを差し出してきたー
「これ、使ってみるかい?」
とー。
老人が差し出しているのは、不気味なグラデーションがかった色の
勾玉(まがたま)ー。
「ーーこれは…何ですか?」
孝文が少し表情を歪めながらそう呟くと、老人が周囲を
キョロキョロしながら小声で囁いたー
「ーそれを持った状態で、他の人とぶつかると、
その人と身体を入れ替えることができる入れ替わりの勾玉さー」
老人の言葉に、
「ーえっ…?えっ、ちょっと待ってくださいー
そんなこと、現実にできるわけないですよね?」
と、苦笑いするー。
この老人なりの”励まし”なのだろうかー。
そう思いつつ、孝文は
「何だか、ご心配頂いてありがとうございますー」と、
店員モードで頭を下げて、
そのままレジの方に戻ろうとするー。
するとー、
老人は、孝文に向かって呟いたー
「ーそれを使うか、使わないかは、あんた次第だよー」
とー。
・・・・・・・・・・・・・・・・
バイトの休憩中ー
”予定がありすぎて忙しい”などと言っていた静香のことを思い出すー
チッ、と舌打ちする孝文ー。
「ー忙しい忙しいってー…ふざけやがって」
ボソッと呟くー。
この時期は、やっぱり嫌いだー。
自分で予定を入れているくせにー。
そんなことを呟きながら休憩を終えて
事務所から店内に戻ろうとするー。
”店長は午後は会議だったからー
深野さんと二人かー”
そんなことを思いながら事務所の扉を開けるとー
偶然、同じタイミングで事務所に本の話題の確認をしに来た静香とー
鉢合わせしてー、
”ぶつかって”しまったー
「ーわっ、ご、ごめんなさい!」
孝文がそう叫ぶと同時にー
「って、えぇっ!?」と、自分の声の異変に気付くー
”ごめんなさい”の言葉が
いつもの自分の声ではなくー
女の声ー
それもー、静香の声になっていることに気付いたのだー
”ま、まさかー…
え…お、俺ー…入れ替わってー…?”
ハッとした孝文は”入れ替わりの条件”を自分が満たしてしまったことに気付き、
呆然とするー
「ーえ…わたしが…木澤くんに?」
孝文になった静香も困惑の表情を浮かべながら立ち上がるー。
二人はー”勾玉”の地からによって
入れ替わってしまったのだったー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
入れ替わった二人は、相手の身体で接客をしながら、
会話を続けるー。
孝文は”勾玉”を老人から貰ったことや、
勾玉の効果ー
自分はそれを全く信じておらず、使うつもりもなかったことを
孝文になった静香に説明したー。
静香(孝文)が「本当に、すみませんー」と、
平謝りをするー。
老人から話しかけられた理由を説明した際に、
”自分には年末年始に何も予定がなくて
毎年この時期には一人で勝手にいらいらしていること”
も、静香(孝文)は正直に話したー。
人付き合いがほとんどない孝文は、
気難しい性格で話しかけ難い雰囲気を持っているもののー
話してみると、とても正直者な一面も持っているー
「な、なんかごめんねー…仕事を押し付けるような感じになっちゃってー」
孝文(静香)が小声で言うと、
静香(孝文)は「い、いえー」と、頭を下げたー。
”元に戻るためにはどうすれば良いのか”
勾玉は、入れ替わった際に砕け散ったー。
そういうものなのかもしれないー。
ひとまず、あの老人にもう一度聞いてみるしかないー
「ーーその高齢者のお客さんって、いつも火曜日に
来てる、あの独特な感じの人だよねー?」
孝文(静香)の言葉に、
静香(孝文)は「え…あ、そ、そうですねー」と答えるー。
確かにあの老人は時々店で見るー。
”毎週火曜日”とまでは把握していなかったが、
それなら来週の火曜日に老人に話を聞けば、
元に戻る方法も分かるかもしれない。
「でも、それまではー…この状態でー…
な、何か…本当にすみませんー」
内心ではさっきまでイライラしていたものの、
いざ、本人を前にすると、こんな感じになってしまうー
そういう性格の持ち主の孝文ー。
「ーーううんー。大学もちょうど休みの時期だしー、
来週までこのまま過ごせば元に戻れるんならー…
仕方ないよ」
孝文(静香)が笑うー。
そんな言葉に、静香(孝文)は
”入れ替わったのがー深野さんでよかったー”と、
安堵の表情を浮かべたー
「あ、でも年末年始の予定はー…」
申し訳なさそうに呟く静香(孝文)ー。
相手の身体で過ごすー、ということは
相手のフリをして、これから1週間過ごさなくてはならないー。
そんな風に思い、「俺ー…深野さんのフリをして深野さんの用事をこなせる
自信はないしー…かと言って、深野さんが俺の身体ーってわけにも
いかないでしょうしー」と、困惑した表情で呟いたー。
だがー
孝文(静香)は穏やかに微笑んだー
「大丈夫ー」
とー。
そして、お互いの家やお互いの情報を必要な範囲内で交換しー、
二人”それぞれの家”ーーー
”身体のほうの家”に帰宅したー。
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静香(孝文)は
静香の身体で歩くことに妙な違和感とドキドキを感じるー。
周囲から見られているような”視線”を感じたりもしたー
いやー、これは自意識過剰なだけかもしれないけれどー
これだけ可愛らしい子なのだからー
見られている可能性は十分にあるー。
”っていうかー…身体が違うだけで、随分歩く感覚も違うんだな”
そんな風に思う静香(孝文)ー
それにー
”手の細かな形・サイズ・感触なども違う”
自分の身体ではなく、他人の身体になると、
本当に色々なものが変わるー
同じ人間であっても、だー。
「しっかし……女の手ってー綺麗だよなぁ…」
静香の色白な手を見つめながら
そう呟くと、静香(孝文)は
「ってーそんなことより、早く家に入ろうー」と、
静香の家の前に到着したことに気付き、
そのまま家の中に入ったー。
「ーーってか、よくよく考えたら深野さんも
よく”入れ替わったままお互いの家に帰る”なんてこと
提案したよなー
お互い一人暮らしなんだし、
そもそも自分の家の方に帰ればよかったんじゃー?」
静香(孝文)がそんなことを呟きながらー
静香の部屋の電気をつけるとー
次の瞬間、静香(孝文)は表情を歪めたー
「え………」
そこはー
”虚無”とも言える寂しい部屋だったー
”何も”ないー
と言ってもいいー。
あるのは生活に最低限必要なもののみー。
「ーーえっ…?」
そう思いながら表札を確認しに、
一度玄関の外に出るもー
そこには確かに深野 静香の名ー。
カレンダーには、色々なバイトの予定が
びっしりと書かれているー
年末年始は幸い、休みのようだが
予定は何も書きこまれていないー
プライベートの予定らしきものも1か所だけ
書き込まれていたが、
それは既に終わっている12月前半の”バイト先の子の送別会”だけで、
他には何もないー。
「ーーー……え…」
静香(孝文)は呆然としながら
静香の部屋を見つめたー
もっと、キラキラした女子らしい感じの部屋だと
勝手に想像していたが、全然違ったのだー。
それにー
「ーーーー……深野さんってー…もしかして」
静香(孝文)はそう呟くと、表情を曇らせたー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
後日ー
「ーー何もなかったでしょ?わたしの部屋ー」
苦笑いする孝文(静香)ー
「ーーえ、あ…はいー」
静香(孝文)がそう答えると
「ー実はわたし、あんまり趣味がなくてー」と、
孝文(静香)が笑うー。
「ーークリスマスも年末年始も予定なんかホントはないしー
木澤君と同じー
…まぁー掛け持ちしてるバイトのシフトはいっぱいだけどー
ほら、店長、”え~?予定ないんだ~?”とか言うでしょ?
だから予定いっぱい!なフリしてたけどー…
実は全然ー
年末年始はずっと家でネット見たり、お昼寝したりするぐらいー」
孝文(静香)のそんな言葉にー
静香(孝文)は「え… … え……」と、困惑するとー
「今までー…深野さんのこと、ちょっと誤解してましたー」と、
静香(孝文)は笑うー
「そう?どんな風に誤解してたの?」
コミュニケーション能力が低いわけでもないー。
見た目も可愛い部類だー。
それなのに、こんな人がいるなんて、思わなかったー。
自分の思ってたイメージを話すと、
孝文(静香)は「あ~別のバイト先の子にも言われたー」と笑うー。
「ーでもね、わたし、一人の方が好きだしー
なんか、空っぽの方が落ち着くのー
う~ん…なんて言うかー
趣味”空っぽ”みたいなー?」
孝文(静香)が笑うと、
静香(孝文)は「なんですかそれー」と、思わず苦笑いしながらー
「でもー何だか俺にとっては親近感がわくようなー」と、
笑いながら呟いたー。
その後ー
”お互いに予定もなかった”ためー、
入れ替わったまま、ほぼ問題なく1週間を過ごしたー。
驚いたことに、本当に何もなかったー。
やがてー
1週間後に例の老人がやってきて、
事情を説明すると勾玉をもう一つくれて
元に戻ることができたー。
”あんな人がいるなんてー”
入れ替わったことで
”キラキラした女子”だと思ってた静香の見方を変えた
孝文はーー
人生で初めて、人を好きになったー。
そしてー
お正月が開けた頃ー、
孝文は、静香に勇気を振り絞って告白したー
だがーー
「ーわたし…一人のほうが好きだからー…ごめんね?」
苦笑いする静香ー
「で、ですよねーー…!」
孝文は残念そうにしながらも、
何となくそう言われる気がしていたためー、
妙に清々しい気持ちで
人生初めての”失恋”を経験したのだったー。
”それでこそ、深野さん”
何となく、そう思ったー。
おわり
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私のスケジュール上、本来”土曜日”だけ予約投稿で投稿していて
土曜日分の作品は事前に書いているのですが
今週は年末年始恒例の「体越し」があるので、土曜日用に書いたものを
今日、金曜日に投稿しています~!☆
逆に今日書いた出来立てホヤホヤの「体越し2022①」を明日に予約して…
というスタイルですネ~!
今年も残すところあとは今日を入れて2日!
最後までしっかり楽しく更新していきます~!☆
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