とある王国ー。
その王国では長年の平和を謳歌していたー。
しかしある日、1匹のスライムによって
その平和は打ち崩されてしまうー。
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リネーア姫は、王宮の庭の一角で
静かにため息をついたー。
この王国では長年の平和を謳歌しているー。
RPGゲームのように”魔王”が襲い掛かってくるようなこともないし、
王国同士の大規模な戦闘が起きているわけでもないしー、
世界が滅亡の危機に瀕しているようなこともないー。
いたって平和な王国だー。
現在、この王国を統治しているのは
リネーア姫。
リネーアの父親である先代国王が、
病により急逝してしまい、
リネーア姫が若くして、この王国の長となったのだったー。
しかし、リネーア姫は若いながらも
その才能を発揮ー
とても美しく、優しくー、女王としての能力も非常に高く、
王国はかつてないほどの繁栄を迎えていたー。
けれどー、
それでも、女王としてトップに君臨するリネーア姫には
色々な悩みがあったー
王国には大勢の臣下がいるー
大勢の民がいるー
”その全員の意見”をまとめるのはやはり難しいしー
何事をするにも賛成・反対の意見が出るー。
”賛成”の意見を取れば”反対”の者たちは不満を抱くし、
”反対”の意見を取れば”賛成”の者たちは不満を抱くー
決して相容れることのない2つの意見ー
それらをバランスを取りながらまとめていく、という作業は
実際にその立場になってみなければ分からないほど、
難しい作業でもあったー。
最近はー
”リネーア姫を女神の再来”として崇拝する過激な団体の出現に
頭を悩ませているー。
もちろん、魔王が出現した!とか、
そういったことに比べればはるかに小さな問題だし、
その過激な団体によって困っている民はごくわずかー。
それでも、そういった小さな問題に対処するのも、姫として
やるべきことの一つだー。
今日もその団体の代表であるヴィンセントと対談する場を設けて
過激な行動を慎むように警告したものの、
ヴィンセントは”リネーア様こそ、女神の再来ッ!”と、
全く聞く耳を持ってくれなかったー
「ーーーわたしを慕ってくれるのは嬉しいけどー…」
リネーア姫は思わず愚痴を呟くー。
”普段、人々の前では絶対に見せない一面”
リネーア姫は、女王でありながら
本来であればまだ成人して間もないぐらいの年齢で
愚痴の一つや二つ、言いたくなるものだったー
「ーわたしがやめてって言ってるんだからー
わたしのこと”女神様”なんて呼ぶぐらいならー
言うこと聞いてほしいなぁ…」
そんなことを一人、呟いていると、
そこに幼馴染の騎士・ブルーノが姿を現したー
「はは、また愚痴ですかい?」
ブルーノが苦笑いしながら言うと、
リネーア姫は少し顔を赤らめてから
「愚痴の一つも言いたくなりますー」と、
頬を膨らませながら言ったー。
「ーーははは、まぁ…女王ってのも色々大変だよな」
ブルーノが言うー。
ブルーノとリネーア姫は幼馴染で
小さい頃はよく遊んだー
”公私混同はしない”
そんな、ブルーノは普段は”臣下”として振る舞い、
姫にも敬語を使っているものの、
二人きりの時だけは、こうして昔に戻るー。
「ーー変わってくれる?」
リネーア姫が笑いながらそう言うと、
ブルーノは「ははは、俺には無理だし、そもそも爺さんたちが
生まれの家が、とか言い出すだろ?」と冗談を返すー。
「ーふふ、そうねー」
この王国では”生まれの家”が重視されたり、
古来から続く、傍から見れば面倒なしきたりのようなものが
多数存在しているー。
ブルーノの生まれは代々騎士として王国に仕えて来た家で、
王国にとっては重要な”家”ではあるものの、
とても女王の代わりが務まるような”家”ではなかったー
「でも、リネーアはよくやってるよー
小さい頃はあんなにドジだったのにー」
ブルーノが笑うと、
リネーア姫は「それは、小さい頃の話でしょ!」と
不貞腐れた様子で言うー
「ははー。
でもまぁ、優しいのは昔からだし、
愚痴を一人で言うのも昔からだしー
いいところは、変わらないままだよなー」
ブルーノが懐かしそうに言うと、
「愚痴を言うのはいいところじゃない気がー?」と、
リネーアが笑いながら首を傾げるー。
「ーーま、俺も女王様のためにこれからも全力で頑張りますよ」
ブルーノはそう言いながら、リネーア姫のほうを見ると、
リネーア姫は少しだけ気が晴れたかのように、笑みを浮かべた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あァ…落としちゃいましたねぇ」
商人風の男が戸惑いの表情を浮かべているー。
”操りの秘薬”
洞窟に封印されていた、そんな恐ろしい秘薬を回収して、
悪事を企てていた男が、キョロキョロと周囲を見渡すー
男は、洞窟に封印されていた”操りの秘薬”を
回収することには成功したものの、
その帰路でそれを落としてしまうという重大な失態を犯したー。
「くそっ…!お頭に怒られちまうー」
不満そうに舌打ちする商人風の男ー。
彼は一見商人のように見えるが、盗賊だったー。
この王国は平和ではあるものの、
平和な世の中にもこういう犯罪を犯す人間は
必ず存在するー。
この世界も例外なく、盗賊などは存在していて
王国の治安維持のために結成された騎士団が
その対処にあたっているー。
「ーーくそがっ!もう、火も暮れちまうー
諦めるかー」
男はそう呟くと、そのままその場から立ち去って行ったー。
ーーーー
その日の夜ー。
男が落とした”操りの秘薬”を、
何も知らないスライムが、飲み込んだー。
ただの水だと思って飲み込んだスライムー。
だがー、操りの秘薬を飲み込んだスライムはー
”自分が力に目覚めた”ことを理解したー。
ごく普通のスライムー。
騎士の攻撃を受ければ、一撃で葬られてしまうスライムー。
だが、力を手に入れたそのスライムは
何を思ったのか、そのまま王宮に向かって
ずるずると移動し始めたー
”人を操る力を手に入れたから、一番偉い人を操ろう”
そんな、短絡的過ぎる考えで、スライムは
王宮を目指したー。
一番偉い人ー、
リネーア姫の元を目指してー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日ー
「隣国の騎士団との演習の件ですが
先ほど相手から返事がありー
日程はー」
王宮の広間では、週に数回行われる、
女王への報告や、各種相談・打ち合わせなどが
行われていたー。
毎回、リネーア姫や王国の重鎮、各騎士団の団長などが
参加して行われる集会のようなものだー。
「ー分かりましたー。そのまま進めて下さいー」
リネーア姫がそう返事をすると、
続いて、王国の財政を担当している大臣が、
財政の状況について、報告し始めたー
その時だったー。
「ー天井にスライムがー」
騎士の一人がそう呟くー。
この世界にもスライムをはじめとする魔物はたくさんいるー。
魔王のようなものはいないし、
ただ単に人里離れた場所を中心に生息しているだけで、
警備隊や騎士団が”危険な魔物”に関しては
人々が暮らす地域に侵入しようとした場合には
退治しているため、魔物被害はそこまで大きくはないー。
だが、スライムのようなどこからでも侵入してしまうような魔物は
よくこうして王宮内にも入り込んでくることは多かったー。
ただ、スライムは攻撃能力もほとんどなく、
子供や老人でも、倒そうと思えば倒すことができるほど弱くー、
別世界では「蜘蛛」ぐらいの扱いの、そんな感じの存在だったー
そんなスライムが天井から落下してリネーア姫の前に落ちるー。
「ーー姫様!」
騎士の一人が叫ぶー。
だが、リネーア姫は微笑みながら
「大丈夫ですー。ただのスライムですー」
と、スライムに近付いていくー。
”外に逃がしてあげようかな”
そんな風に思いながら、リネーア姫がスライムに近付いた
その時だったー。
スライムが突然ー、
”操りの秘術”を、リネーア姫に向かって放ったー。
本来、そんな攻撃は持ち合わせておらず、
せいぜい体当たりする程度が限界のスライムー。
しかし、盗賊の男が、本来は封印されていたはずの
操りの秘薬を落としたことで、
本来、スライムが習得することのできるはずがない力を、
このスライムは手に入れてしまったー
「うっ…!」
怪しい赤い光が放たれて、姫がビクッと震えるー
「ーー姫様!?」
広間に集まっていた騎士や大臣が反応するー
だがー
リネーア姫は既にスライムに”洗脳”されてしまっていたー
言葉を発することのできないスライムが
”何を”考えているのかは、周囲の人間には分からないー
だが、それほど知能の高くないスライムの目的は
単純だったー
”一番偉い人間を操って、自分が一番偉くなるんだ”
とー。
「ーー今日からーーー」
リネーア姫は、ピクピクと震えながら
そう呟くと、
「ー今日から、このスライムが……この国の…王様です」
と、集まった臣下たちに向かってそう宣言したー。
「ー姫様!?」
どよめく騎士たちー。
しかし、リネーア姫はお構いなしに
「王様ー」と、スライムの前に膝をついて忠誠を誓うー
「ーな、何が起こってるんだ?」
「あのスライムはー?」
騎士や大臣がどよめく中、
リネーア姫は「あなたたちも、王様に忠誠を誓いなさい!」と
大声で叫んだー
姫は”ただの下級スライム”の前に膝をつき、
忠誠を誓う言葉を口にしているー
スライムは嬉しそうに上下に伸びたり、
左右に伸びたりしているが、
言葉を発しないため、何を考えているのかは分からないー。
「あのスライムが姫様に何かしたのか?」
「いいや、スライムにそんな力はないはずー
これは姫様の御命令だ」
「ーーいや、しかしー」
臣下たちの意見が割れるー。
リネーア姫はスライムに何かされたのだ、と言う者と、
これはリネーア姫の御命令だ、とそれに従おうとする者に分かれていて
臣下たちが集まっていた広間ー、女王の間では大騒ぎが始まっていたー
「ーーー…(いや、リネーアがそんなこと言うはずがー)」
幼馴染のブルーノは、騒動の中、
スライムに忠誠を使うリネーア姫の姿を見て
そう思ったー
小さい頃から彼女のことを知っているが故に、
彼女の異様な行動をすぐに悟ったー
”あのスライムー”
リネーア姫がおかしなことを言いだす直前ー
スライムから赤い光が一瞬放たれたー。
この場にいた全員が気づいているとは思えないが、
少なくとも何人かは気付いているはずだー
「姫様!そのスライムから離れて下さい!」
ブルーノは”公の場”であるために、
丁寧な口調でそう叫ぶと、
スライムに向かって走り出し、剣を抜こうとしたー
だがー
リネーア姫がその前に立ちはだかったー
「無礼者!」
とー。
「ーー!?」
ブルーノが剣を止めるー
「ー王に剣を向けるとは…」
リネーア姫はそう呟くと、
ブルーノのほうを睨みつけたー。
その目は、とても正気には見えないー。
「ーーひ、姫…!
そこをどいて下さい!
そのスライムは危険です!」
ブルーノがなおも食い下がるー
しかしー、
リネーア姫はその場をどこうとしないー。
剣で攻撃すれば”一撃”で簡単に葬ることができるスライムー。
しかし、リネーア姫が洗脳されてしまったこの状況ではー
そんなスライム一匹にすら、手出しできなくなってしまったー。
「ーー危険なのは、あなたでしょう?」
リネーア姫が不満そうに呟くー
「ーひ、姫!正気に戻って下さい!」
ブルーノがそう叫ぶー。
だがー。
その言葉は姫には届かずー
スライムに洗脳されてしまったリネーア姫は、
臣下たちに向かって叫んだー
「この謀反人を捕らえなさい!」
とー。
戸惑いながらも、
それに従う騎士たちー
ブルーノは捕らえられてー
そのまま牢獄へと幽閉されたー
”すごいー…!”
嬉しそうに身体を上下させるスライムー
”僕が王様になったんだ”と、心の中で呟きながら
”これからは何でも僕の思い通りにできるんだ”と、
喜びを全身で味わいながら、
興奮した様子でさらに激しく小さな身体を動かし始めたー
その日を境にー
スライムの操り人形になってしまったリネーア姫は
スライムが贅沢な暮らしをするためだけの暴政を始めるのだったー
②へ続く
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コメント
スライムに洗脳されてしまった姫様…!
大変なことになりそうですネ~!☆
今日もお読み下さりありがとうございました~!
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